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黒い聖域

安岡久遠の小説「黒い聖域」


第一巻:本妙寺の変

第一巻:本妙寺の変
「要約」
森岡洋介、35歳。ITベンチャー企業『ウイニット』の起業に成功した、新進気鋭の経営者で資産家である。彼は辛い生い立ちを持ち、心に深い傷を負って生きて来た。その傷を癒し、再び生きる希望と活力を与えたのは、大学の四年間書生修行をした神村僧である。神村は、我が国最大級の仏教宗派『天真宗』の高僧で、京都大本山・本妙寺の執事長を務め、五十代にして、次期貫主の座に手の届くところにいる人物であった。ところが、本妙寺の現貫主が後継指名のないまま急逝してしまったため、後継者問題は、一転して泥沼の様相を呈し始めた。宗教の世界であればこそ、魑魅魍魎の暗闘が展開されることになったのである。森岡は大恩ある神村のため、智力を振り絞り、その財力を惜しみなく投じて謀を巡らし、神村擁立へ向け邁進する。しかし森岡の奮闘も、事態はしだいに混迷の色を深め、ついにはその矛先が森岡の身に……!続編『第二巻 裏切りの影』に続く。

第二巻:裏切りの影

第二巻:裏切りの影
「要約」
巨大仏教宗派『天真宗』の覇権を巡る争いは、ますます混迷の度を深めていた。ITベンチャー企業『ウイニット』社長・森岡洋介は、一度は凶刃に倒れたもの死地から生還し、次なる手段を講じていた。しかし、思いもよらない裏切りが森岡を襲う。裏切り者は誰か? 過去と現在が交錯し、さまざまな人々の思惑が駆け巡る。森岡は、どう決断するのか? 新たな手は何か? そして、森岡の宿願の第一歩が叶う日が来る……。続編『第三巻 修羅の道』近日公開。
 

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第一章 乱雲(2)

第一章 乱雲(2)

 

 会社のあるJR新大阪駅前を出て、西中島南方から新御堂筋に入り淀川を渡る。新御堂筋は大阪の中心部と北摂を結ぶ大動脈であり、この時刻は梅田へ向かう南行きの渋滞が酷い。

 それでも普段であれば、淀川に溶けて行く落陽の情景が気を紛らわせてくれるのだが、このときばかりは森岡自身そのような悠長な気分ではなかった。

 そもそもこの日は雨にも祟られていた。光を閉ざす分厚い雲は、早くも大阪の街をすっかり夜の闇と包み、黒く流れる淀川の水面に、商業ビル群の灯りが夜光虫の群れのように屯していた。

――ド、ドーン……。

 という低い爆音が、森岡の腹に響いた。また遠雷が轟いたのだ。

 森岡は、思わず左手で目頭を押さえ前屈みになった。

 右手で胸を押さえている彼の脳裡には、落雷との距離が少しずつ縮まって、

――いつか俺に直撃するかもしれない。

 という不吉な錯覚が過ぎっていた。

 森岡の異変にも拘らず、坂根の顔に動揺の色はなかった。

「どうかされましたか」

 と一応声を掛けはしたが、彼には容態の急変ではないとわかっていた。稲光りがすると、森岡はいつもこのような状態になるのを知っているのである。

  「たいしたことやない」

 やはり森岡はそう呟いた。

 坂根は、稲妻に対する恐怖とは違う気がしていた。たとえば雷光に纏わる何かのトラウマに苦しんでいるのではないだろうかと推量していたのである。

 

 淀川を渡り切ってからしばらく進み、梅田新道の交差点で新御堂筋を降りる。おそらく、大阪で最も交通量の多いであろうこの交差点を右折、つまり西へハンドルを切って、一つ目に交差する御堂筋を左折、つまり南に下ってすぐの左手の道を入ってしばらく行ったところにその料亭はあった。

 その幸苑まであと五十メートル付近に差し掛かったときだった。

 前方に、一組の男女と二人組の男が何やら揉めているような光景が目に入った。

 もう少し近づくと、男女は老人と水商売風の若い女性、二人組は二十代のチンピラのような風体とわかった。

「坂根、ここで降りる」

「えっ、まさか仲裁に入るのですか」

「ああ、黙って見過ごすわけにはいかん」

「ですが、思った以上の渋滞のせいで約束の時間ぎりぎりになってしまいました」

「午後に連絡があって夕方会いたいと言ってきたのは向こうやから、少々遅れても許して下さるだろう」

「では本当に」

 助けに入るのか、と確認した。

「俺の気性は知っているやろう」

 森岡は、もう何も言うなという口調で言った。

 坂根はまたかと内心で思っていた。うんざりというのではないが、森岡と付き合い始めて三年、坂根は幾度となくこういう場面に遭遇していた。

 これもまた、森岡の謎といえば謎の一面だった。

 表現はおかしいが、何かに憑り付かれてでもいるかのように人助けをする。特に女性が絡んでいるとなおさらである。

 といって、決して下心があってのことではない。むしろ女嫌いかと思うほど女性を近づけない。亡妻を愛し、浮気など一度もなかったと聞いている。言うなれば愛する女性に一途なのである。

 独身に戻ってからも、それこそ夜の街を歩けば言い寄る女に事欠かない。三十五歳の青年社長、それも今を時めくIT世界の起業家で資産家、高身長、高学歴しかも容姿も悪くない。女性にもてないわけがないのだが、据え膳すら食ったことがないと承知している。

 女性絡みに弱いと言ったが、そうかと言って誰彼無しに助けるわけでもない。本当に困っているのか、騙して金でも奪おうとしているのかがわかっているかのように選別し、対処する。

 どうしてそのような芸当ができるのか、もしや人の心が読めるのではないかとオカルトチックな妄想まで抱かせる何とも不思議な男なのである。 

「お前はこのまま通り過ぎろ。車を広い道に停め、急いで引き返して来てくれ」

「わかりました」

 坂根は、森岡の意図を察した面で顎を引いた。

 森岡は車から降りて四人に近付いて行った。

 それまでの分厚い雲が一時切れて、辺りは幾分明るさを取り戻し、雨も小止みとなっていた。

「どうかされましたか」

 森岡が長閑に声を掛けると、四人が一斉に視線を向けた。

 老人は八十歳手前ぐらいか、高級スーツを身に着けていて紳士然としている。中小企業のオーナー社長か老舗の店主といったところか。

 女性は二十代後半か、薄闇の中でも相当な美形とわかる。和服に黒髪を後ろに丸めていることから、北新地のママかホステスということだろうが、年齢から言えばホステス、それも高級クラブに勤めていると推察できた。さしずめ同伴出勤ということなのだろう。

「なんや、お前は。この爺と知り合いか」

 二人のうち小柄な方が言った。この男が兄貴分のようだ。

「いいえ。私のようなチンピラが、このような上品なご老人と知り合いなわけがありません」

「なら、女か」

「ああ、そうですねえ、彼女のような別嬪さんが知り合いだったら毎日がどんなにか楽しいことでしょう。ですが、残念ながら私は美人にも縁がありません」

「なら、なんの用や」

「ただのお節介焼きで」

「何だと」

 大柄の年下の男がいきり立った。

「まあまあ、落ち着いて下さい。揉め事の原因は何ですか」

「私の手にしている傘の滴が彼らのズボンに掛かってしまったのです」

 老人が弱々しい声で答えた。

「なんだ、そんなことですか」

「それで、弁償しろというのです」

「いくらですか」

「百万円です」

 ははは……と森岡は笑った。

「これはぼろい商売ですな。雨の滴が掛かっただけで百万円とは……」

「何だと、馬鹿にしているのか!」

 小柄な男がいまにも殴り掛かりそうになった。

「その百万円は私が払いましょう」

 へっ、と出鼻を挫かれた格好の小柄な男は脳天から空気が漏れたような声を出した。

「ほんまか」

「もちろん」

 森岡の頭の先から爪先まで舐めるように見た兄貴分の男は、

「金は持っているんやろうな」

 と疑念の声で訊いた。

 森岡の身形が、極普通のサラリーマンのそれと変わりなかったからである。

 森岡はうちチポケットから財布を取り出すと、中の札束を男に向けた。

「ほう。お前も金持ちか」

「とんでもない。預金通帳には一円も残っていませんよ」

 なけなしの金だと森岡は言った。

「それを俺らにくれると」

「仕方がありませんね」

「見ず知らずの者のためにか」

「なにぶん、お節介焼きなもので」

「奇特なことやな。じゃあ、遠慮なく貰おうか」

 小柄な男が手を差し出した。

「その前に、お二人からもう少し代償を頂きますが」

「どういうこっちゃ?」

「いくらなんでも雨露が掛かっただけで百万はないでしょう。もう少し迷惑を掛けさせて貰います」

「何を言っているのか、ようわからんな」

 顔を顰めた小柄な男の後方に坂根の姿が見えた。

――なるほど、そういうことか。

 と、老人は森岡の意図を理解した。

 森岡の口調が変わった。

「そうですね。腕の骨を一本ずつ折らせて貰いましょうか。百万はその治療費として差し上げます」

「な、なんやて」

 二人の男が気色ばんだ。

「お前が俺たちの腕の骨を折るってか」

 弟分の方が侮りの声で言った。

「とんでもない。私にできるはずがないでしょう。ですが、後ろの男なら簡単にできますよ」

 二人の男が振り向いた。

「遅くなりました」

「ほんまやで。時間を稼ぐのに苦労したがな。お蔭でアホな話はせにゃならんし……」

「後はお任せを……」

「頼む」

 と、森岡は一歩二歩と後ずさりした。

 坂根はスーツを脱いでネクタイも外し、両腕のカッターシャツを捲り上げていた。準備万端である。靴は元々革靴ではなく、裏がゴム製のスポーツタイプを履いている。こういう場面のためにということもあるが、運転の際ペダルにフィットするのだという。

「お前も仲間か」

「そうだ。俺が相手になる」

「お前一人で俺ら二人をか」

 兄貴分の方が嘲笑した。喧嘩には慣れているようだ。そうでなくては他たとえ老人が相手でも恐喝などしないであろう。

 森岡が思い出したように言う。

「ああ、そうだ。先に言うとくけどな、その男はむちゃくちゃ強いで。なんと言っても、極誠館空手の二段やかな」

「二段?」

 今度は弟分が鼻で笑った。

「あんたらは知らんやろうが、極誠館の二段は他の流派であれば四段に相当するからな。もっとも強い階級やで」

 これは事実だった。

 荒稽古とフルコンタクト、つまり寸止めなしの試合で有名な極誠館空手は、『段数二倍の実力』と言われていた。すなわち初段であれば他流派の二段、二段であれば同四段、三段であれば同師範クラスの六段に相当した。

 森岡が少年の頃、故郷に極誠館空手二段の有段者がいて、仕事の合間に無償で子供たちに教えていた。森岡も坂根も小学校のときから習っていたが、時期は重なっていない。

 森岡は、中学で辞めたため茶色帯で終わったが、坂根は大学時代はもちろん、今日に至るまで大阪の道場で稽古を続けていて二段に昇格していた。

「兄貴、はったりでっせ」

 弟分が強がるように言った。

 その言葉が癪に障ったのか、坂根が奇妙な動作に移った。

 両足を肩幅くらいに開き、両方の爪先をやや内側に寄せる。両ひざを少し内側に締めるように曲げ、ひざ関節は柔らかく保っている。

 両手の拳を顔の前に挙げ、両肘を外側に張っていた。

――ほう、息吹か。

 森岡は思わず目を細めた。

 息吹(いぶき)とは呼吸法の一つである。両手の拳を左右の腰に下ろしながら腹の中の空気を一気に吐き出す。このとき(カァー)という声が出るのだが、有段者でなくては真面な声は出ない。つまり、息吹のときの声の音量で修練の度合いが量れた。

 その昔、地上最強の男と言われた空手家が、動物園のライオンの檻の前でこの息吹をしたところ、背を向けて寝ていたライオンがむくっと起き上がり、空手家に向かって闘争心剥き出しの咆哮を上げたという逸話が残っている。

 坂根が息吹を始めた。

 二度、三度、四度とカァー、という戦闘モードの声を出した。

「時間がないので早く済ませよう」

 そう言って坂根は、前足のかかとと後ろ足のつま先が横一直線にそろうようにして、ファイティングポーズを取った。三戦立ちである。

  三戦(さんちん)立とは、文字どおり三つの戦いを示す。つまり三方向、前と左右の敵に対する立ち方という事である。脇を締め、拳を握り締めその構えをとった時、交感神経が研ぎ澄まされ、非情事態の態勢、戦う姿勢が整うことになる。

「あんまり無茶をするな。足か腕の骨の一本でええで」

  森岡が冷たい声で言った。

「お、お前、空手を習っているんやったら、拙いのと違うか」

 息吹に気圧されたのか、一転して兄貴分が泣き言のような言葉を吐いた。

 たしかにボクサーや空手の有段者は、拳自体が凶器と見なされるため、傷害事件の裁判では心証が悪くなる。

「あんたらが心配することやないがな」

  森岡は呆れ顔になった。

「せやけど、傷害事件など起こして有罪になれば、会社を解雇になるで」

「それも御心配なく、この男の雇主は俺やから、懲戒解雇どころかボーナスを弾みまっさ」

 森岡が止めを刺すように言うと、老人が堪え切れないように、ぷっと噴出した。

 すでに形勢は決していた。

「どないするんや。やるのかせんのかはっきりしろや!」

    森岡がどすの利いた声を上げた。それまでの柔和な物言いから一変した恫喝に、二人の戦闘意欲は完全に萎えた。

「いや、もうええわ」

 と訳のわからない言葉を口にして、二人はその場からそそくさと立ち去った。

「ご苦労さん。久しぶりにええもん見せてもろうたわ」

 森岡は笑顔で近付きながら労った。

「様になっていましたか」

 坂根も嬉しそうに応じる。

「おう、俺には出来ん芸当やな」

「ありがとうございます」

   と軽く頭を下げた坂根の顔色が変わった。

「それより、遅刻です。急いで下さい」

「せやった。お前は車を幸苑の近くの駐車場に廻せ。俺は歩いて行く」

「大丈夫でしょうか。あの二人がうろついていませんか」

「俺かて一応茶色帯やで、あの二人なら大丈夫やろ。それより、急ごう」

「はい」

    と、坂根は走り出した。

 森岡も幸苑へ向けて歩き出したそのとき、

「もし」

    と、老人の呼び止める声が掛かった。

 そのとき雲の切れ間から陽が射し、一瞬だけ辺りが、ぱあっと明るくなった。

「御怪我は無かったですか」

 と振り向いた森岡が訊いた。

「お蔭さまで助かりました、礼を言います」

 老人は頭を下げると、

 「私は……」

  と名刺を取り出そうとした。

 「いえ、通りすがりの者です」

  森岡はやんわりと拒否した。

 「では、せめて貴方のお名前だけでも……」

 「いえいえ、私など先程のチンピラに毛の生えたような者ですから」

  と、森岡は照れくさそうに顔の前で手を振った。

 「失礼ですが、私は……」

  それならば、と名刺を差し出そうとした女性にも、

 「それもお断りしましょう。貴女は北新地にお勤めでしょう。どこのお店のママさん、あるいはホステスさんなのかはわかりませんが、私も北新地にはたまに足を運びます。もし、四千軒とも言われる歓楽街で、もう一度顔を合わせるような偶然があれば、そのときに……」

 と、森岡は一礼して踵を返した。