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黒い聖域

安岡久遠の小説「黒い聖域」


第一巻:本妙寺の変

第一巻:本妙寺の変
「要約」
森岡洋介、35歳。ITベンチャー企業『ウイニット』の起業に成功した、新進気鋭の経営者で資産家である。彼は辛い生い立ちを持ち、心に深い傷を負って生きて来た。その傷を癒し、再び生きる希望と活力を与えたのは、大学の四年間書生修行をした神村僧である。神村は、我が国最大級の仏教宗派『天真宗』の高僧で、京都大本山・本妙寺の執事長を務め、五十代にして、次期貫主の座に手の届くところにいる人物であった。ところが、本妙寺の現貫主が後継指名のないまま急逝してしまったため、後継者問題は、一転して泥沼の様相を呈し始めた。宗教の世界であればこそ、魑魅魍魎の暗闘が展開されることになったのである。森岡は大恩ある神村のため、智力を振り絞り、その財力を惜しみなく投じて謀を巡らし、神村擁立へ向け邁進する。しかし森岡の奮闘も、事態はしだいに混迷の色を深め、ついにはその矛先が森岡の身に……!続編『第二巻 裏切りの影』に続く。

第二巻:裏切りの影

第二巻:裏切りの影
「要約」
巨大仏教宗派『天真宗』の覇権を巡る争いは、ますます混迷の度を深めていた。ITベンチャー企業『ウイニット』社長・森岡洋介は、一度は凶刃に倒れたもの死地から生還し、次なる手段を講じていた。しかし、思いもよらない裏切りが森岡を襲う。裏切り者は誰か? 過去と現在が交錯し、さまざまな人々の思惑が駆け巡る。森岡は、どう決断するのか? 新たな手は何か? そして、森岡の宿願の第一歩が叶う日が来る……。続編『第三巻 修羅の道』近日公開。
 

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第一章 乱雲(1)

第一章 乱雲(1)

 

 それから十三年の月日が流れた、一九九七年初夏。

 大阪府大阪市の北方、JR新大阪駅前に建つインテリジェントビルの十五階において、株式会社ウイニットの緊急幹部会議が行われていた。

 ウイニットは、コンピューター・ゲームソフトウェアの製作や、業務用ソフトウェアの開発、販売、保守、そして新しくインターネット関連技術を手掛け始めた、世間でいうところのIT企業である。

 五年前、森岡洋介(もりおかようすけ)が中国の古書である論語に倣い、三十歳を機に創業した若い企業だが、時流に乗って飛躍的な急成長を遂げていた。

 現在大阪を拠点としながら東京、札幌、名古屋、広島、福岡にそれぞれ支店を開設していた。社員数は二百五十名を超え、百億円の売り上げを計上するなど、二年後の新興市場での株式公開を目指している前途有望な会社であった。

 創業者の森岡洋介は三十五歳。百八十センチを超える長身で、やや細身の体躯をしている。目元が涼やかで鼻、口も整い、見栄えの良い好青年であるが、眼底に僅かながら濁りが澱んでいる。

 大阪の名門浪速大学から、一旦子会社を経由して大手情報機器販売会社の菱芝(りょうしば)電気に就職した森岡は、寝る間も惜しんで働き、ひたすらスキルアップに努め、六年後に満を持して独立した。

 私生活では大学卒業と同時に結婚したが、六年前に死別している。子供は居らず、傍目には独身貴族を謳歌しているように見えた。

 

 この幹部会議はいつもと趣を異にしていた。

 森岡が、ある拠所無い事情から、事の決着が付くまでの間、社長の職務権限の大半を専務取締役の野島真一(のじましんいち)に委託する旨の了解を取り付け、併せて経営企画室の課長である坂根好之(さかねよしゆき)を、直属の部下として専任とする了承も得ようとした会議だったのである。

 だが、現在会社は株式公開を前に会計基準をはじめとする様々な改革に取り組んでいる重要な時期であったため、いかな森岡の要望とはいえ、すんなりとはいかなかった。

 直ちに異を申し立てたのは、システム部門を統括する、その野島真一であった。

 「社長、率直に申し上げて非常に困ります。これが、平常時ならいっこうに構いませんが、二年後に上場を控えている現在(いま)、社長が抜けられるということは、内外の信用を失いかねません」

 この意見には、管理部門を統括する常務取締役の住倉哲平(すみくらてっぺい)、取締役東京支店長の中鉢博巳(ちゅうばちひろみ)が揃って同意した。

 森岡の指示で、臨時にこの会議の末席に座していた坂根は、この光景を奇妙な心持ちで眺めていた。

 森岡と同年代の幹部たちは、少なからず彼を尊敬していた。森岡は大学生時代から、菱芝電気の子会社である菱芝ソフトウェアで、アルバイトとしてソフトウェアの開発に携わり、無類の才能を発揮していた。

 その能力を見込まれ、社長から直々に請われ同社に入社した彼は、すぐに菱芝電気の柳下システム部長の目に留まり、彼の部署に出向することになったのだが、二年間の出向期間が満了すると、そのまま菱芝電気に引き抜かれた。

 その後、柳下の指揮の下、今や同企業グループの主力商品となっている、業務用の各種パッケージソフトの開発を次々と手掛けた彼の業績は、同社において伝説となっているほど際立つものだった。

 ソフトウェア開発だけではない。二十七歳の若さで、菱芝電気グループ傘下企業の技術者が一堂に会した席で講演したり、同社が開発したコンピューターの操作マニュアルを製作したりもした。

 新入社員の自分たちが、仕事のイロハもわからない頃に、然程年齢の違わない森岡が第一線で活躍している姿を眩しく見ていた幹部たちは、その森岡が五年前に独立したとき、彼を慕って馳せ参じた者たちだった。

 したがって入社以来三年、坂根はカリスマ的な存在である森岡の考えに、彼らが異を唱えたことは一度もないと承知していた。特に重要な案件は、良くも悪くも森岡が独断で決し、彼らはそれに追随してきたはずであった。

 

 森岡は黙って皆の考えを聞き、全員の意見が出揃うのをしばらく待っていた。

 すると、反対意見が相次ぐ中で、ようやく彼の考えに同調する者が現れた。営業部門を統括する、部長の筧克至(かけいかつし)である。

 筧は三十三歳。肥満体型からか汗掻きの体質だが、茫洋とした外見の印象とは異なり、同じ菱芝グループ傘下の電算機メーカーにおいて、常にトップクラスの成績を上げていた敏腕の営業マンだった。

 三年前、ある仕事を通じて筧と知り合い、その類稀な営業能力に惚れ込んだ森岡は、以来ウイニットの営業部門の強化として、彼を口説き続けた。

 そして昨年の夏、ようやく三顧の礼を持って迎え入れることのできた、森岡が最も期待を掛けている男であった。

「専務のご意見はもっともだと思いますが、私は社長の好きなようにして差し上げれば良いと思います。上場はまだ二年後ですから、半年や一年ぐらいなら、私たち皆がカバーし合えば問題ないのではないでしょうか」

 この意見には、システム開発部長の桑原と、インターネット部門の部長の三宅、ゲーム開発部門の部長の船越、そして総務部長の荒牧と、各部門の長が同調した。

 坂根の目には、これもまた奇異に映っていた。桑原と三宅、船越、荒牧もまた、筧と同様に中途採用者だった。

 つまり、森岡の考えに挙って反対したのが、独立する前からの子飼いの者たちで、賛成したのが途中入社組、と本来逆ではないかと思えたからである。

 筧のこの意見に、住倉が辛辣な言葉を浴びせた。 

「部外者が呑気に無責任なことを言ってもらっては困るで。二年後や言うても、やることは仰山あるんや。時間は有るようで無いんやで」

 社内改革の中心にいて、森岡が抜けることにより最も負担が増すことになる住倉は、あからさまに筧を非難した。

「しかし、社長が中途半端なお気持ちで仕事をなさっても、身がお入りにならないでしょうし、それなら思いっきり神村先生の手助けをなさり、事が成就したあかつきには、上場に向けていっそうの頑張りをして頂いた方が、結果として効率が良いのではないでしょうか」

 筧は、常務の住倉にも臆することなく持論を曲げなかったが、住倉に続き、野島も筧に反駁した。

「ウイニット(うち)における社長の存在はあまりにも大きい。俺たちが頑張ったところで、そう簡単に埋まる穴やない。もう一度言うが、理由はどうあれ、もしこちらの都合で株式公開が延期ともなれば、社会的信用が失墜する可能性が高く、引いてはその後の業績にも影響しかねん」

 野島は筧に向かってそう言うと、顔を森岡に戻した。

「大変申し上げ難いことですが、此度の事はそれほどの危険を冒してまでも、社長がなさらなくてはならないことなのでしょうか」

 野島は、社用と私用のどちらが大事なのか、と問うたのである。

 経営の一翼を担う専務の要職にいる野島にすれば、十分に筋の通った意見だった。

 森岡は目を閉じたまま、口を開かなかった。

 代わって筧が苦言を呈した。

「しかし、そのようなことばかり言っていたのでは、いつまで経っても社長におんぶに抱っこの状態から抜けきれないのではないでしょうか。そんな有様では、たとえ上場したとしても、その先飛躍的な発展は望めないと思います」

 あからさまに野島や住倉ら、森岡を取り巻く現経営陣を痛烈に批判したのである。

 筧の指摘にも一理あったが、あまりに毒舌が過ぎた。公然と痛いところを皮肉られ、面目を潰された形となった野島と住倉、中鉢が血相を変えたのは当然だった。

 行き場を失った険悪な空気が、たちどころに満ち満ちて行った。

――まずい……。

 と、坂根の顔も強張っていた。

「皆の意見は良くわかった」

 重苦しい雰囲気を切り裂くように、森岡の声が響いたのはそのときだった。

「一方が正しくて、他方が間違っているということはない。両方とも、もっともな意見やと思う。しかしだ、この際はっきりと言っておく」

 森岡は、そこで一つ深呼吸をした。

「俺にとって、神村先生はかけがえのない恩人や。その大恩人の重大事に、何の手助けもせんのは人の道に外れている。俺はそんな外道の生き方はしたあない。仮にそれが原因で、上場に支障を来したとしても、何ら悔いはない。それでも尚、俺の考えに反対ならば、遠慮はいらん、ウイニットから出て行ってもええで」

 森岡は幹部社員の顔を一人一人見つめながら、静かに自らの信念を語った。その穏やかな口調の裏に厳然として有る、不退転の意思を感じ取った幹部社員は、それ以上何も言えなくなった。

 神村というのは、森岡が大学時代の四年間寄宿していた寺院の住職である。そして、幹部社員に語った拠所無い事情とは、その神村の身に突然降って湧いたものだった。

 時間は昨日に遡る。

 

 早朝の若葉薫る初夏の陽気が、午後には梅雨の先走りのような霧雨になり、さらに夕方ともなると、雷鳴轟く激しい風雨に変わっていった。

 大阪の高級料亭「幸苑(こうえん)」に向かう車中の森岡にすれば、その乱雲立ち込めた空模様こそが、自身の未来を暗示していることなど知る由もなかった。

 それは、すでに一本の電話から始まっていた。

 森岡は東南アジアに外遊中の神村から、ある依頼の連絡を受けていた。彼は、そのときの短いやり取りで感じた、神村の声の微妙な異変がずっと気に懸かっていた。受話器越しとはいえ、日頃の威厳のある口調に陰りが射し、微かに気弱い印象さえ受けた。

 恩師の、このような話しぶりは初めてであり、それが彼に妙な胸騒ぎを覚えさせていた。

 そしてつい先刻、神村の朋友である谷川東良(とうりょう)から呼び出しの電話を受けたばかりだったのである。

「社長。神村先生についての相談事って、何でしょうかね」

 坂根好之がバックミラー越しに、浮かぬ表情の森岡を気遣いながら声を掛けた。

「それや。俺もずっと考えているのやが、皆目見当が付かんのや」

 森岡は、握り拳で二、三度額を小突き、

「お前は何や思う」

 と気安く問い返した。

 それというのも、坂根好之は一部下ではあったが、森岡の中学時代からの親友、坂根秀樹の実弟で、好之自身も中学から大学までの後輩だったため、森岡は弟に近い感情を抱いていた。

 三年前の夏、中学校の統廃合に伴って催された同窓会に出席するため、久しぶりに島根へ帰郷した森岡は、その足で秀樹の家を訪ねたのだが、その折居合わせた好之と意気投合し、すぐさま勤務先の大手広告代理店から引き抜いたという経緯があった。

「社長がおわかりにならないのに、私などが差し出がましい口を挟むのもどうかと思うのですが、ただ……」

 坂根は途中で言葉を濁した。森岡は当たりを付けているはず、という思いもあった。

「ただ、なんや。良いから言ってみいや」

 促された坂根は、一つ息を呑んでから、

「神村先生ほどのお方が気落ちなさることといえば、本妙寺(ほんみょうじ)の貫主(かんしゅ)の件で、何か不都合が生じたのでは、ということぐらいです」

 と慎重な言い回しをした。

 

 貫主とは、本山などの住職を指している。

 宗派によって、

 座主(ざす)

 管主(かんしゅ)

 貫首(かんしゅ)

 管長(かんちょう)

 等の呼称がある。

 

 神村が所属する仏教宗派・天真宗においては、宗門のトップを法主(ほっす)、大本山及び本山の住職を貫主(かんしゅ)と呼称している。

「本妙寺の件か……それは俺も考えてみた。もしそうだとすると、いったいどういうことやろうか……それに、今頃になって谷川さんが出張って来たのも気になる」

 神村は事実上、京都大本山本妙寺の次期貫主に内定していた。森岡には、その件でどういう差し障りが生じたのか見当が付かなかった。 

 森岡はふっと息を吐き、

「しかし、なんだな。今から気に病んでも仕方ないわな。谷川さんに会えばわかることやしな……それに、そもそもが俺の取越し苦労かもしれんしな」

 と自分自身に言い聞かせるように言葉を継いだ。

 坂根は自身の事以上に気を病む有様を見て、不思議な心持ちになっていた。

「いつものことながら、先生の事となると、社長はまるで人が変ってしまいますね」

「ははは……」

 森岡は、ただ苦笑するしかなかった。坂根の言葉は正鵠を射ているのだ。

    大学の四年間、書生をしていた恩師である神村の事となると、森岡はその想い入れの強さが災いし、新進気鋭の若手経営者としての、気力漲る自信家で、それでいながら冷静沈着でもある日頃の言動が全く影を潜めてしまうのだった。